「横浜おのぼりさん」カテゴリーアーカイブ

かつれつの老舗「勝烈庵」馬車道総本店で弾ける旨味牡蠣フライ勝烈定食棟方志功

関内駅の北側、吉田橋からJRのガードを潜って進み、尾上町通りを渡り横切れば、そこが馬車道。
通りの名前”馬車道”の由来は、幕末に横浜港が開港し、外国人居留地が関内に置かれたことに遡る。
その関内地域と横浜港とを結ぶ道路として開通したこの道を外国人は、馬車で往来していたという。
当時の人々にとってその姿は非常に珍しくて、「異人馬車」等と呼んでおり、いつしかこの道を「馬車道」と呼ぶようになったらしい。

そんな馬車道から一本東側の筋と常盤町通りの角に立つ。石標には「六道の辻通り」と刻まれている。
「関内新聞」の考察によると、仏教用語でいうところの”六道”とは、
迷いのあるものが輪廻転生する世界、
「天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道」の六つを云うが、
開港以来このあたりに寺院が建っていた記録もなく、
六地蔵など仏教とは無関係であり、
明治から大正にかけて、実際に六差路が近隣に存在し、
“六道の辻=六叉路”から名付けられたものであるという。
六叉路は、1923年の関東大震災後の区画整理により廃止されたが、
その六叉路があったのは、この石標が立つ交叉点ではなく、
今の博物館通りと入船通りの交差するところにあったのではないか、
とある。

へーそうなんだ(笑)と思いつつ、
その石標の交叉点角地に佇む建物を見遣る。厚みのある梁を意匠に取り込んで、
目地を通した白い外装に木のルーバーを配したモダンな造り。
そこへ大きな提灯を吊り下げているのが、
かつれつの老舗、浜の味の「勝烈庵」だ。

冬場に此方にお邪魔したならばやっぱり、
牡蠣フライと註文の声を挙げない訳には参りません。牡蠣のエキスをひと雫も逃すまいと包み込んだ衣は深い狐色。

火傷に気をつけつつそっと齧れば、
待ち構えていたように弾ける牡蠣の旨味、風味。なははは、堪りません(笑)。
刻んだ青菜(?)を混ぜる、自家製タルタルマヨネーズも面白い。

さてさて「勝烈庵」通年の定番といえば例えば、
「勝烈庵定食 ヒレカツ」120g。
誘惑に抗えずに単品の牡蠣フライを添えてしまいます(笑)。油鍋に向き合う白木のカウンターでは、
串を刺して揚げている様子が見られるヒレカツ。
ハムカツのような四角いフォルムが面白い。
ヒレらしく、さらっとした軽い食べ口で口福を満たしてくれます。

二階席への階段の踊り場の壁には、
棟方志功と勝烈庵と題する一文が額装されている。Webサイトによると、勝烈庵の先々代当主が棟方画伯と交流があり、
その縁で暖簾にある店名書体を揮毫したのが画伯であり、
度々カツレツを召し上がりに勝烈庵にいらっしゃった棟方画伯は、
横浜にちなんだ作品もたくさん残しているという。
棟方志功の揮毫は、箸袋にも力強くかつ軽快に店名を躍らせています。

「ロースかつ定食」「上ロースかつ定食」や「一口かつ定食」、
「海老フライ定食」「盛り合わせ定食」といった定番定食以外に、
“こだわりのロースメニュー”と冠した一群がメニューにある。「山形の銘柄豚 金華豚」のお皿は、実に率直なひと皿。
成る程、脂身の甘さが嫌味なく解けて旨い。

方や「やまゆりポーク」は地元神奈川県の銘柄豚であるという。横浜市内や藤沢、平塚辺りに生産者がある模様。
蒲田の「丸一」や「檍」のように大胆に厚切りにすることもないので、
目を瞠るようなものではないけれど、じわじわ旨いとんかつだ。
卓上の「勝烈庵ポン酢」が案外よく似合います。

馬車道近く六道の辻の石標の交叉点に、
浜の味にしてかつれつの老舗「勝烈庵」馬車道総本店ある。1927年(昭和2年)創業の「勝烈庵」の発祥もやはり、
横浜が開港し関内に外国人居留地が置かれたことが源泉であるらしい。
Webサイトには、外国人コックが居留地関内にもたらしたカツレツを、
初代庵主の工夫で独特の和風カツレツとして完成させました、とある。
カツレツに勝烈の文字を充てた庵主のセンスを微笑ましく思います(笑)。

「勝烈庵」馬車道総本店
横浜市中区常盤町5-58-2 [Map] 045-681-4411
http://www.katsuretsuan.co.jp

column/03808

居酒屋「栄屋酒場」で鳥大根〆鯖烏賊バター鯨刺穴子煮龍田屋呑兵衛心満たす空気

横浜駅のホームを後にした京急の紅い車列が戸部駅を経て、野毛山動物園を潜り抜け、大岡川に出会したところで大きく右にカーブを切る。
ちょうどその曲がり角に相対式ホームを置いているのが日ノ出町駅だ。
猥雑な顔も持つ野毛の町の裏玄関とも云うべき日ノ出町駅の改札を出る。
眼前に見遣る風景は、何故だか黄昏時がよく似合います(笑)。

いつぞやトルコライスをいただいた、
街の洋食屋「ミツワグリル」
の前を通り過ぎ、
大岡川に架かる長者橋に差し掛かる。
川が下流に向かってS字を描いたその先の左岸は、
呑兵衛たちの憩いの場所、都橋商店街だ。そんな長者橋の袂には、石碑や立て札が並んでいる。
日ノ出桟橋のその辺りはどうやら、
長谷川伸なる御仁の生誕の地であるらしい。
1884年(明治17年)に日ノ出町に生まれたという長谷川伸は、
「沓掛の時次郎」「瞼の母」「木刀土俵入り」などの作品を書いた、
新国劇の劇作家であると石碑にある。

へーそうなんだぁと思いながら長者橋を渡り、
渡ってすぐの長者町9丁目信号の角を右に折れる。すると現れてくるのが、
居酒屋「栄屋酒場」の枯れて粋な暖簾だ。

間口一間半の店の中へと窺うように進むと、
小じんまりした土間は既に先輩諸氏でほぼ満席。
とっても残念そうな顔をしていたのか(笑)、
左奥の荷物置き場とも思える小さなテーブルに入れてくれる。お通しの鯖味噌が妙に旨いなと思いつつ、
立て掛けられた黒板の品書きを右へ左へと眺めます。

すぐ前の厨房から漏れ聞こえる調理の音を聞きながら、
麦酒のコップを傾けているところに「とり大根」が届く。しっかり目に〆た「シメサバ」が美しくも美味い。
こりゃ日本酒だと品札を探してまた、視線を周囲に泳がせます。

常連さんたちのボトルを収めた棚板の下の壁に、
その日その時季にある地酒銘柄が貼り出されている。昭和の名キャラクター、アンクルトリスを生んだ柳原良平氏の色紙が、
丁寧に木枠の設えの中に飾られています。

名古屋は守山区の東春酒造「東龍 龍田屋」純米に燗をつけてもらう。「いかバター焼き」にはほんの少し檸檬を搾って。
例の独特の弾力がありつつ、噛めばすっと切れるのが心地よい。
烏賊とバター醤油ってどうしてこうも相性がよいのでしょか。
「相模灘」純米のお銚子を強請りましょう(笑)。

割と間を空けずに界隈を訪れる機会に恵まれて、
ふたたび黄昏の長者橋近くの暖簾の前に。
しかし、先輩諸氏の出足や早く、
満席ですのでとやんわりと断られてしまう。

そうですか、と項垂れて引き戸を出ようとしたところで呼び止められて、
前回と同じ小さなテーブル席で次の時間まででよろしければと。
はい勿論ですと急に元気がでる。
またまた相当悲し気な顔をしていたのでしょうね(笑)。「東龍 龍田屋」純米を今度は冷やでいただいて、
「とり貝」のお皿を恭しく受け取る。
粋な歯応えのとり貝が素朴に嬉しい。
横浜の中央市場からやってくる魚介なのだろうかと、
何故か引き戸の方を振り返ったりなんかして(笑)。

黒板にふたたび見付けた「くじら刺し」は、
鮮度の良さに疑いのない、甘くすらある食べ口だ。お銚子のお代わりを同じ「龍田屋」のぬる燗で。
それにはさっと煮付けた「あなご煮」のふくよかさが良く似合います。

日ノ出町は大岡川の川端に枯れた居酒屋「栄屋酒場」がある。小じんまりした空間に、
呑兵衛心を満たすような空気が程よく満ちていて、いい。
今はなき三杯屋「武蔵屋」の佇まいをふと思い出す。
今度また、”屋”の部分だけ色褪せた暖簾を払って、
店名「栄屋」の由来なんかも訊いてみたいな。

「栄屋酒場」
横浜市中区長者町9-175 [Map] 045-251-3993

column/03793

米国風洋食「センターグリル」でカキフライ生姜焼きナポリタン野毛のアイコン健在

一時はいっそ此処へ転居してしまおうかとさえ思った野毛の町。
まぁ静かに暮らすには向かないのは誰もが思うところではある。
下町とはまたちょっと違う、ちょっとヤサグレタ空気を悪くないと思った時季があったんだ。
野毛の町中ではなくて、県立音楽堂のある紅葉坂を上がり切った辺りとかもいいのじゃないかとなんとなく考えたりしたものです。

焼鳥「野毛末広」の混雑具合を横目に見ながら、
そうだ、お久し振りに「センターグリル」へお邪魔しようと、
足を向けたあの日。
お店のある区画の角に立つと左手と右手の両方に、
お店の入口を覆う庇の青いテントが見える。右手の店の間口もまた小じんまりしていて、
こちらがつまりは、別館であるようです。
入口の硝子戸に「センターグリル」のエンブレムを飾っています。

コップ立てを兼ねたメニュースタンドを初めて見た。ありそうでいてなかなかお目にかかれないのが、
洋食店のコンソメスープ。
きっと想像以上にコストと手間がかかり、
かつ割と味わいの劣化が早いのかもしれないな。
そんなことを考えつつ、カップのスープをいただいて、
ゆるゆるっとした気分に浸ります。

冬の時季のご註文は、勿論「カキフライ」。ステンレスのお皿が苦手だったオッちゃんは、
今頃どうしているかななどと思いつつ、盛り付けの姿を眺める。
アイスクリームディッシャーを使って載せたポテサラに、
刻み立てを思わせる千切りキャベツとトマト。
そしてお約束の素ナポ。
大きさ丁度よいカキフライは、大サービスの6個盛り。
王道の揚げ上がりであります。

お皿ごとに素ナポがあるのは承知しつつ、
併せてオーダーしてしまう「ナポリタン」。ノーモアアルデンテをそれが基本と実践する。
ニッポンの正しきナポリタンの姿の一端はそこにあるンだなぁと、
そんなことを独り言ちつつ(笑)、
横に持ったフォークをくるくる駆使してペロンと平らげるのです。

それから二か月後にふたたび、今度は本館の方へお邪魔する。なんのことはないのだけれど、
異国情緒をほんの少し帯びた佇まいがいい。
カップのスープは、ポタージュにしましょう。

カキフライ、ナポリタンに続くお目当てはやっぱり「しょうが焼き」。鉄のフライパンをガコガコして手早く炒め焼く、
そんな厨房の様子が容易に想像できるよなロースの生姜焼き。
おろし生姜の利きも程よく、
なによりちまちましていないのがいい。

それからあっという間に二年余りの月日が過ぎたこの春。
またまたお久し振りに野毛の町の「センターグリル」へとやってきた。
するとなんと、別館のファサードが、
別のお店のそれになっているではないですか。まさかなくなっちゃったってことはないよなと、
慌て気味に本館前に行くと、あの頃のままの店の顔があって、
妙な安堵を覚えたのでした(笑)。

ドアを引き開け、そのまま二階への階段を上がると、
以前とはなにやら店内の様子が違う。
別館があった右手方向が閉じている代わりに、
左手方向が開けているのだ。’18年の2月頃にリニューアルしたようで、
隣の角地にあった洋服店部分を使って拡張していたのです。

まずは、グラスのビールと一緒に改めて「ナポリタン」を。うんうん、これや(笑)。
店のwebページによると、
麺は日本初のスパゲッティ「ボルカノ」の2.2mm極太麺。
ゆでて一晩寝かせてもっちり感をだしてます、とある。
ナポリタン元祖の「ホテルニューグランド」の「ナポリタン」は、
生トマトを使ったソースで作られたもの。
しかし当店では創業時からケチャップを使用しています。
当時、ホテルで使っていたような生トマトは希少な高級品で、
街の洋食店では手に入りずらく、ケチャップで代用していた、と。
ニッポンの正しきナポリタンの姿のもうひとつの側面は、
調理についての以下の一文にある。
ケチャップを入れてからしっかりと炒めることにより酸味が飛び、
甘みが引き出されています。

腹ペコが手伝ってまた、無茶な註文をしてしまう(笑)。
またまた素ナポかぶりの「しょうが焼き」だ。豚ロースの肉片のひとつひとつが大振りになった様子。
肉の縁なぞに包丁を入れても間に合わないのか、
焼いたお肉が反り返っているけど、
いいのいいのそんな細かいことはね(笑)。

野毛の町のアイコンのひとつ米国風洋食「センターグリル」が、
新しい表情を街角に現した。狭い間口をふたつ持っていた従前の姿から進化して、
柳通りのゲートに寄り添うように建つ姿はなかなか良い。
店名「センターグリル」についてwebページには、
初代・石橋豊吉は「ホテルニューグランド」の初代総料理長、
サリー・ワイル氏が経営していた「センターホテル」で働いて、
「センターグリル」として開業しました、とある。
“センター”の名は、ホテルの名前に由来していたのですね。

「センターグリル」
横浜市中区花咲町1-9 [Map] 045-241-7327
http://www.center-grill.com/

column/03789

スタンドバー「日の出理容院」で床屋の残り香とイエーガーマイスタートニック割り

hinodeちょくちょく通うという訳にはなかなかいかないけれど、横浜で大好きなスポット、それが都橋商店街。
大岡川に沿ってカーブした細長い二階建ての建物が100m以上に渡って続き、そこに沢山の飲食店が連なっている。
両脇と中央の3箇所ある階段から二階に上がれば、川に面した外廊下に出る。
弧を描く廊下を歩けば、スナックやバーの小さな行灯看板が次々と顔を出す。
有名店「ホッピー仙人」の素敵なマスターも都橋商店街二階の住人のおひとりだ。

野毛の聖地「武蔵屋」の閉店を寂しく思い出しつつ、
野毛の中央通りに入り込む。
折れ入って焼き鳥「末広」の店先の空気を拝んだり、
洋食「センターグリル」の碧い看板を見上げたりしつつ、
都橋へと出る。
例によって商店街の二階廊下を徘徊し、
いつも満席の「ホッピー仙人」のギュウギュウ具合を覗き見て、
ずっと気になりつつ未だお邪魔したことのなかった、
商店街近所のバーの前へと寄ってみる。

すると、やや早めの時間にはいつも、
暗くてとても営業するようには思えなかった、
古びた店舗の硝子戸から明りが漏れていました。

木戸に填めた硝子には「日の出理容院」と、
懐かしい丸ゴシックの文字。
ほんの少しだけホラーハウスの扉を押すかのような、
そんな気分も織り交ぜながら開いた木戸は、
意外な程に軽やかだ。hinode01それでも覗き込むような風体で、
店の中に躰を入れる格好になる。
それとは対照的にとても落ち着いた笑顔が、
カウンターの中から迎えてくれました。
木戸の中は成る程、
此処が嘗て本物の床屋であったことを窺わせるような床や壁。
内装の基本は、朽ちるに任せるのが味であるぞとばかりに、
敢えてそのままにしているよな様子であります。

特徴あるボトルが目に留まってお願いしたのは、
イエーガーマイスター Jägermeisterのトニック割り。hinode02部屋の角の壁から壁に渡した小さなテーブルで、
傾けるグラスがキャンドルの火に透けるは深緋こきひ色。
ハーブの風味がトニックに解けてなかなか美味い。

イエーガーマイスターのボトルを眺める度に思い出すのは、
ザルツブルクの街角にあった揚げ物食堂、
Gassenverkauf「Steirische Weinstuben」。
扉を入ってすぐのところに100本を超える本数の、
緑のボトルが樽の上にぎっしり並べられていたのだけれど、
突然店を閉めてしまって今は営ってない。
それがなんとも残念なのです。

野毛の裏手、都橋商店街エリアに知るひとぞ知る、
「日の出理容院」という名のスタンドバーがある。hinode03いっそのこと、青白赤のクルクルサインポールでも回してくれると、
営業しているのかいないのか遠めにも判っていいのじゃないのか!
なんて思ってしまうものの、
だってもう、床屋じゃないし、
サインの灯りなんか点灯したら妖しい魅力が台なしじゃんと、
即座に思い直すのでありました(笑)。

「日の出理容院」
横浜市中区宮川町1-8 [Map] TEL非公開

column/03681

やきとり「国道下」で 戦前なまんまの駅下に昭和なまんまの居酒屋

koudoshita.jpg京浜運河に向けて視界を広げた、 鶴見線海芝浦駅のホーム。 東芝の敷地内にある海芝公園から愛でた、 煌く海辺の景色が脳裏に鮮明です。 鶴見川の向こう側、沖縄区と呼ばれる界隈の、 うちなーすば「ヤージ小」のドンブリも美味かった。 そんな記憶を抱きつつ、 陽が落ちた鶴見線のある駅のホームにいました。

鶴見駅を出たレールが、 鶴見川を渡らんと大きくカーブを描いたところに置かれたホーム。koudoshita01.jpg降りるひとも電車に乗り込むひとも疎らな駅は、 その名も「国道駅」。

改札口へと階段を下って、反対側への通路を進むと、 そこから更に下の通路が見下ろせる。koudoshita02.jpg何気に視線を降ろしたら早速、 お目当てのお店が突然視界に飛び込んできました。

鶴見線の所属駅はすべて無人駅。koudoshita03.jpgそれ故、何処も改札口付近に出場と入場をそれぞれチェックする、 Suicaの改札機が設置されています。

やや薄暗がりの通路を改札口から右へ出ると、 国道を渡る横断歩道に出る。koudoshita04.jpg成る程、国道駅は、国道15号(通称:第一京浜)をガードで渡った、 すぐ際にあるのです。 そして、逆方向に通路を抜けたところにある跨道橋を潜る道が、 旧京濱國道、つまりは明治時代の「1號國道」であるようです。

阪神の今津線にも阪神国道駅というのがあるらしい。 確かに国道の脇にある駅は全国あちこちにあるだろうけど、 トラック行き交う産業道路っぽい道路のガード下に入口を空けた此処にこそ、 古き1号国道の沿道にあり続ける此処にこそ、 この名が相応しいように思えてきます。

国道駅は昭和5年の開業以来、 これといった改築がなされていないという。 ふたたび戻った通路はやっぱり昭和の匂いが色濃く漂ってる。 まるで、ラーメン博物館を設えたのと同じチームが作り込んだセットのよう。koudoshita05.jpg「三宝住宅社」の看板が実に味がある。 中に灯りが点っているのだけれど、もしかして現役なのかしらん。 そして、その向かいには、白雪提供、お酒とお食事「とみや」の看板。 こちらはどうやら、とても残念ながら既に閉めてしまっているようだけど、 看板の下で今にも朽ちようとしている佇まいに昭和の残り香を思います。

そして、店を前にして、 余りに出来過ぎの雰囲気に気圧されて、少々たじろぐ(笑)。 意を決して、暖簾に顔を突っ込んで、空席を訊ねます。 カウンター席は一杯で、その背後に置かれた小さなテーブルの丸椅子に、 居場所を得ました。

瓶の麦酒をと女将さんに所望すると、手渡されたのは、 キリンラガーの瓶とコップ。koudoshita07.jpgこふいふ雰囲気には、此奴が一番似合います。

女将さんを通じて焼き台前に立つオヤジさんに通った注文は、 焼き鳥の盛り合わせ。koudoshita08.jpg大皿に仕込んであった串がもうすぐなくなりそうな、 そんなタイミングで何とか焼き鳥の串にありつけました。 タレの甘さが印象的。 そのためか、辛味味噌が添えてあるのかもしれません。

カウンターのお客様のおひとりが、仲間がやってきたということで、 外で呑むよとカウンターを離れたので、その後釜にと移ります。koudoshita09.jpgいままで座っていた丸椅子辺りを振り返ると、 このスペースが都橋商店街「ホッピー仙人」では、 ダークダックス的立ち飲みスペースになってるんだね、 なんて思ったりいたします(笑)。

お願いしていた「ポテトサラダ」が丁度目の前に。koudoshita10.jpgそれぞれの具材がごろごろっとしながら、 全体がしっとりジャガイモに包まれている感じの仕立てでございます。

奥の壁の隙間に押し込めるように貼られた変形黒板がお品書き。koudoshita11.jpg斜めの天井が階段下のそれだとすると、此処に二階があるのでしょうか。

「もつ野菜煮」は、さらっとした味噌仕立て。koudoshita12.jpg野菜から滲んだ甘さも含んでいるようで、 野菜も一緒に炊いちゃえっていう、ちょっとしたアイデアがいいね。

正面の棚をみるとそこには、近頃珍しいダルマのボトルも並んでる。koudoshita13.jpgこんな処にも昭和にタイムスリップしたような気分にさせるアイテムが潜んでいます。

亀甲柄のジョッキを見つけて、ハイボール。koudoshita14.jpgあ、角でなく、オールドでハイボールにしてもらえばよかったな。

お隣さんの注文の真似をして、「サンマさし」。koudoshita15.jpg脂ノリノリで蕩ける美味さに間違いはありません。

戦前のまんまの国道という名の駅の下に、 昭和のまんまの居酒屋、その名も「国道下」がある。koudoshita16.jpg koudoshita17.jpgkoudoshita18.jpg カウンターで行き交う話題は、地元色の濃いぃもの。 東芝や旭硝子、富士電機の事業所へと通うひと達がそこに混じって、 日毎賑わっている様子を想像したりしています。

口 関連記事:   うちなーすば「ヤージ小」で 煌めく海芝浦小旅行沖縄区ソーキそば(14年10月)   ホッピー専門店「ホッピー仙人」で 白生堀越さん都橋の仙境の男前(14年09月)


「国道下」 横浜市鶴見区生麦5-12-14 [Map] 045-503-1078
column/03459