「銀座巡る一丁目乃至八丁目」カテゴリーアーカイブ

中華そば「共楽」で基本の中華そば時に竹の子わんたんめん冷し中華の夏もある

kyoraku銀座松屋と改装なった伊東屋の間を抜けていく通りは、余り馴染みはないけれど、銀座マロニエ通りと呼ぶらしい。
その銀座マロニエ通りの昭和通り寄り。
そっち方面の趣味がないので利用したことはないけれど、ウインズ銀座の辺りと云えばピンと来る諸兄諸姉もおられることでしょう。
ぼっこり空が開けた松坂屋の跡地が象徴する銀座の再開発は、取り壊しとなる新聞会館ビルはじめ、この近辺のあちこちでも旧来の姿を失くそうと牙を剥いています。

そんな界隈にあって、
ずっとおよそ同じ佇まいでそこにいてくれているのが、
中華そば「共楽」であります。

狭い間口に設えたカウンター。kyoraku01お冷のグラスをもらって佇んでいると、
その横を色々なひと達が通り過ぎてゆきます。

ご註文の基本は勿論「中華そば」。
店内に漂うのは、
このスープが煮出すにおひと仄かな麺のにおひ。kyoraku02ラーメンスープの従来からの基本形のひとつと思しき、
煮干しや鶏がら、野菜などを丁寧に煮出した様子のスープ。
醤油が勝ち過ぎることなく、旨味と酸味と甘味を添えていて、
安定感がふつふつと漲る、そんなスープだ。

カウンターは、奥へ行くとさらに狭くなって、
背後を通れないくらいになるので、
そんな時には左手のテーブル席へという手もある。
閉ざされたシャッターの内側で、
どんぶりの到着を待ちましょう。

ちょっと奢った註文は、
「わんたんめん」に「竹の子」。kyoraku03いつか「チャーシューわんたんめん」に、
「竹の子」に「生たまご」などと気張ってしまおうかなんて、
一瞬考えて可笑しくなりました(笑)。

「共楽」の竹の子は、
石川町の「奇珍樓」のそれとは対極の、
ちょっと煮〆たような細めのタイプ。kyoraku04これもまた老舗「共楽」の個性なのだけど、
もちょっと歯応えがあるのが好みかもしれません。

そして「共楽」の麺。kyoraku05加水の低い様子にして、ちょっと揉んだ感じの中太の麺で、
にゅるっとしてさくっとして、
そんな歯触りが心地よいヤツなんであります。
自家製なのでしょか。

夏場には「冷やし中華」の札が妙に誘ってくる。
「共楽」の冷やし中華のタレは、
一見するところ塩タレであるかのような淡い色。

あくまでもあっさりと食べさせたい。
でも、あっさりばかりじゃナンだよね。
そんな気持ちが伝わるような、そんな器をしばし見遣る。kyoraku06水に〆てきゅっとなったよな麺は、
刻んだチャーシューと一緒にみるみるなくなってしまいます(笑)。

1956年創業と、疑いなく老舗と呼べる中華そば「共楽」は、
今も銀座の片隅にある。kyoraku07炒飯なんかもあったら嬉しいなぁなんて思うこともあるけれど、
職人顔が凛々しいオヤジさんにそんな余計なことを口走ったら、
頭ごなしに叱られそう(笑)。
中華そば専門店としての矜持が滲む「共楽」では、
そんな邪道を求めることなく、時折寄り道したいものです。

「共楽」
中央区銀座2-10-12 [Map] 03-3541-7686

column/03609

江戸中華「日本橋 よし町」で丁寧に油控えた軽やか叉焼麺焼売蟹肉炒飯と選手交代

yoshicho大勝軒といえば、東池袋にあったあの「大勝軒」が今も真っ先に脳裏に浮かぶ。
云わずと知れた「つけ麺」を世に広めたメッカのような場所だ。
店舗の二階から外階段を一歩一歩ゆっくりと下りながら、空席を待つ僕等に送ってくれた笑顔を時々思い出す。
脚が悪くて大層痛むのに、誰分け隔てなく接してくれたものでした。
07年の3月に閉店する間際に寒空の下居並んだ長蛇の列も印象深い。
沢山のひと達に親しまれ慕われた山岸さんは亡くなってしまったけれど、幾人もの弟子たちが今も「大勝軒」の暖簾を守っています。

そんな東池袋系の大勝軒や永福町大勝軒とは別に人形町系と呼ばれる「大勝軒」がある。
1914年(大正3年)の創業と云われる新川の横丁にある「大勝軒」。
レトロな佇まいがそそる横山町の「大勝軒」。
これまた昭和の香る室町本町の「大勝軒」。
ちょっと離れて、浅草橋の町中にある「大勝軒」。
そして、その本丸というべき「大勝軒 総本店」が人形町にあったのです。

残念ながら訪ねたことはありませんでしたが、訊けば洋食「芳味亭」の近くにあったのだという「大勝軒 総本店」。
人形町芳町の見番の裏手にあった「大勝軒 総本店」は、1905年(明治38年)の創業であったと階段の壁に掲示しているのが、銀座八丁目の江戸中華「日本橋 よし町」だ。yoshicho01 往時には色街の風情と賑やかさの最中にあったであろう「大勝軒 総本店」で27年間働き、20年近く料理長(チーフ)を務めた横山さんが1986年(昭和61年)の「総本店」閉店後には、同じ人形町で「大勝軒」を開き、永く「総本店」の味を引き継いできたとある。
その後2010年(平成22年)に縁あって銀座で腕を揮うこととなったらしい。

それを読んで、とんかつ「衣浦」の向かいにあった人形町「大勝軒」のことを礑と思い出す。
少々びっくりするような極細麺を自家製麺していると訊いて、妙に感心したはもう5年以上前のこと。
それが或る日訪ねたら忽然となくなっていて呆然とした、なんてことがありました。

白木のカウンターの隅に陣取って「叉焼麺」のドンブリを眺めます。yoshicho02昨今の足し算に掛け算を乗せたようなラーメンはどこ吹く風。
叉焼(チャーシュー)を縁取る食紅に年季の片鱗を漂わせています。

脂っ気を丁寧に執拗に控えた、そのお陰で澄んだコク旨味が淡々と滲むスープに泳いでいた麺を引き上げ啜る。yoshicho03それは実に嫋やかな、人形町で愕いた麺を彷彿とする極細麺。
スープに合わせて作った麺というよりは、自家製の麺に合わせて粋な中華を志向したら必然的にこうなったという風情のする。
うむうむ、これこそ呑んだあとにもすんなりといただける一杯でありましょうけれど、それはなんだか勿体ないことでもありますね。

思わず飲み干してしまったスープの底には「大勝軒」の文字。yoshicho04潜んでいた人形町の心意気を確かめてしまった気分です(笑)。

人形町でもいただいことのある「焼売」も是非いただきたいと。yoshicho05肉汁が滴ったり、強い香りのするのは粋じゃないとばかりの淡々とした佇まいのシューマイが口腔で綻びます。

「揚焼売」で麦酒が呑みたいと夜に出掛けたものの、焼売そのものが作った分全部出ちゃったのよとオカアさん。yoshicho06yoshicho07ならばと「細切りネギ叉焼」に「炸雲呑」を所望します。
胡麻油たっぷりでも辛味を利かすでもない葱とチャーシューの和え物にも一貫した仕立てが窺える。
揚げ物もあくまでカラッとして、油っこさを億尾にも出さないことに唸りながら麦酒のコップを傾けます。

そんな油を控えた和物な中華料理の真骨頂が「蟹肉炒飯」にも宿ってる。yoshicho08何気なく乗せた蟹足を解して匙を動かす。
世にパラパラチャーハンは数多あると思えども、ここまで軽やかなチャーハンはそうそうないでありましょう。
もうちょびっと油の薄い膜を纏ってくれていてもいいのではないか、いやいやこれでいいのだと想いが往ったり来たりいたします。

梅雨の晴れ間に出掛ければ、風に揺れる小さな幟に、冷やし中華はじめました。yoshicho09向かい側が喧騒の工事区画とは思えない穏やかな空気が漂っています。

目的のお皿はちょっと意外なモダンなお皿。yoshicho10少々奢った盛り付けも、お皿を決めた時点で既定路線になったのかも。
透明でレトロなお皿であったら違う見映えになったでありましょう。

具材の隙間から覗くはやっぱり自家製の極細麺。yoshicho11細いくせしてきちんと粉の風味を伝える麺ではあるけれど、どちらかといえばたっぷりのスープに泳がせてこそ真価を発揮するものなのだねとも思ったりする。
椎茸の旨みも印象的な初夏のお皿でありました。

色街人形町の残り香と「大勝軒 総本店」から引き継ぐ仕立ての江戸中華「日本橋 よし町」が銀座にあった。yoshicho12yoshicho13この6月で「日本橋 よし町」は閉店し、交代選手だという「山野辺」の開店準備へと移ったようです。

「日本橋 よし町」
中央区銀座8-4-21 保坂ビルB1F [Map] 03-3573-0557
column/03585

韓国料理「まだん」でケランチムえごま葉チヂミにドンドン酒大都会の秘境

madanのむちゃんの日記によると、有楽町と新橋のちょうど中間地点あたりの怪しい高架下に、何故だか韓国料理の店があるという。
そう云われてみると、コリドー街よりもさらに線路寄り、というか、山手線、京浜東北線に新幹線、今となれば上野東京ラインも走っているであろう高架の下になんだか怪しげな通路の入口がぽっかりと口を開けている光景には見憶えがある。
うむむ。
ひとりだと怖いので(笑)、のむちゃんやtakapuを誘って、大都会の陰裏への潜入を試みることにしたのです。

その入口の一方は、秦明小学校前から帝國ホテルに至る、銀座と日比谷の境界にある。
ガーガーと唸る獣が頻繁に頭上を通るため、思わず頭を屈めるとなんだか妙に萎縮した感じになる。
銀座・日比谷のいずれでもなさそうな、その結界の入口には、新橋への近道であると誘い文句が書いてある。madan01そんな誘いに軽々しく応じ難くする妖気が通路の奥から漂い出てくる。
並びにある「INTERNATIONL ARCADE」には、DUTY FREEのショップ案内らしき表示が窺えるのに、その左手の西銀座JRセンター入口はなんとも殺風景だ。

意を決して入口に足を踏み入れると、右手の壁にくすんだ「インターナショナルアーケード」の文字。madan02はて、この暗がりの通路が「国際的拱廊」だとは考え難い。
西銀座JRセンターなのか、インターナショナルアーケードなのか、どっちやねん。
いよいよ混乱してきているのに、不思議なことに足は通路の奥へ奥へと動いてしまいます。

と「寿司清」の暖簾が左手に見えてちょっとホッとする。
「築地寿司清」のチェーンの一角を占める暖簾なのだろかいや違うような気がするなぁと判然としない気分に包まれつつ歩みを進めると、閉ざされたバーの名前に続いて焼き鳥店のスタンドサインが目に留まる。madan03その先にもちらりと赤提灯の灯りがあるように見えます。

その赤提灯には「まだん」とある。madan04ああ、ここが目的地の韓国料理店だ。
「インターナショナルアーケード」は一体何処に行ったのかと訝りつつ、いよいよその扉の中へと運ぶ足を止まられません。

で、で、でた!madan05そう思ったのは、対になった木彫りの面。
韓国の伝統工芸のひとつなのでありましょか。

さてさて一転して和やかな雰囲気に包まれた店内の一番奥のテーブルに集合して、こんばんは。madan06とってもお久し振りのRomyちゃんもご一緒です。

韓国のビールといえば「hite」。
見慣れないOBビール社の「CASS」という銘柄もメニューに載っているのだけれど、このところ流通が途絶えているのだという。
偶々なのか、意外と根深い課題があるのかその辺りはよく判りません。

チヂミは何かいいかなぁと10種類ほどの中から選んだのが「えごまの葉チヂミ」。madan07えごま油も話題のえごまの葉がたっぷり入ったチヂミが芳ばし美味し。
思いの外軽やかなのが印象的だ。

あれ?こんなところにもチャンプルー料理があるんだねとお願いしたのが「ゴーヤチャンプル(韓国式)。」madan10目玉焼きが添えてあったりして、なかなか面白い。
辛さもほどよく悪くないけど、ちょっと炒め過ぎかもしれないね。

勝手知ったるのむちゃんがオーダーしてくれたのが「ケランチム」。madan11それはつまりは、湯呑み的器が標準形の日式茶碗蒸しとは違って、どどんと豪快にドンブリで蒸し上げた「韓国式茶碗蒸し」。
たっぷりしたフルフルの中に潜む具も日本の茶碗蒸しとは違っていても、出汁の含んだ滑らか玉子には万国共通のホッとさせる美味しさが宿るのでありますね。

ここいらで、青唐辛子の焼酎「コチュソジュ」なんてのをお願いしてみる。
届いた急須の蓋を外すと、ああ、入ってる入ってる。madan12恐る恐る口に含むと、青い香りと少々ヒリッとする辛さが旨い。
かえって焼酎の甘さが実感できる感じです。

攻撃的辛さのお店ではなさそうだと安心しつつ「チーズトッポギ」。madan13ご存知、韓国のお餅を煮込んだ料理。
紅い色はしているけれど、辛さが尖がることなく円やかな甘辛い仕立て。
チーズのコクがいい感じの介添え役を果たしてくれています。

もういっちょ、炒め料理は「イカポックム」だったかな。madan14コチュジャンあたりのタレに下足のコリコリがよく似合います。

胡瓜入り焼酎「オイソジュ」に続いて、マッコリもいただこうと改めてメニューを眺める。madan15「ドンドン酒」なる一行が目に留まり思わず「どんどん吞めちゃうのかなぁ」なんて云いたくなる(笑)。
マッコリとの違いは正直判らないまま、するんするんと吞めてしまう。
意外と度数は高いようなので、穏やかな顔して危険なお酒なのかもしれません。

そしてやっぱり、最終コーナーはまずグツグツのヤツで。madan16確か納豆がチゲスープによく似合うって笑った記憶があるんだけど、それで間違いないかなぁtakapu?
「ドンドン酒」にちょとやられていたかもしれません(笑)。

そして最後は「冷麺」で。madan17極細にしてムニムニ食感の麺が愉しい汁なしタイプ。
これまた紅いタレがかかっているけれど、見た目と違う穏やかな甘辛さがいいね。

大都会の秘境、西銀座JRセンターに韓国料理「まだん」はある。madan18オモニに訊けば「まだん」とは、中庭とか広場とか、広い庭とかの意味だそう。
みんなが集い食べ語らう場所になればいいなぁと。
そんな想いが「まだん」という店名に現れているようです。

西銀座JRセンターはどうやらJR東海が取り仕切る高架下スペースであるらしい。madan19新橋側に抜けた先から眺めると高さが微妙に違う橋桁の様子が窺える。
一番銀座寄りを走っている新幹線のガードかな。
上野東京ラインは、どこを走っているのでしょう。

「まだん」
千代田区内幸町1-7-24 西銀座JRセンター内47号 [Map] 03-3580-8633

column/03570

キッチン「大正軒」でキャノーラ油の牡蠣フライに豚生姜焼き交通会館で半世紀

taishoken今日も有楽町ガード下の「さわら」には、数人の空席待ちがある。
ビックカメラ方向へと横断歩道を渡って、線路を潜るとイトシア前の広場に出る。
イトシアが建つ前に何があったのかもう思い出せなくなっているなぁと思いつつ、マリオン方向を振り返ると、フルーツ「百果園」や中国料理「中園亭」の取り残されたような佇まいが目に映る。
いつまでもそこにあって欲しい光景だなぁと思いつつ交通会館を見上げれば、回転レストラン「GINZA SKY LOUNGE」の曲線が窺えます。

Rを描く階段を地階へと下って、昔乍らの喫茶店「ローヤル」のショーウインドに並ぶパフェのサンプルを横目にしながら進むと、水槽が並んだ「ペンギンビレッジ」に正対できる。taishoken01原因不明のまま全滅しちゃった我が家の海水魚水槽を復活させなくちゃと思い起こさせます。

その脇の通路をずいっと進んだ突き当りがご存知、キッチン「大正軒」。
大概数人の空席待ちがあって、その行列は時にお隣の「あけぼの」の方まで侵食しそうになっている。taishoken02店先にはお店が紹介されているのであろう雑誌が何冊も置かれています。

陽気で元気な姐さんに案内されてカウンターの一席へ。taishoken03冬場のご注文といえばやっぱり「カキフライ定食」で決まりでしょう。

コロンと成形された牡蠣フライは、大き過ぎず小さ過ぎず。taishoken04広島産という牡蠣には臭みなく、ぎゅっと纏まった旨味を素直に味わえる仕立てです。

精肉店直営の店とあらば、トンカツの類も気になる中で食指が動いたのがやっぱり「豚しょうが焼定食」。taishoken05たっぷり玉葱との一緒炒めを豪快にお皿に盛り付けたライブ感がいい。
ピリッと利いた生姜風味に玉葱の甘さを加味された感じで、ゴハンがもりもりいけちゃう。
素ナポの付け合せも脇役としての使命をしっかり果たしています。

それゆえ「豚しょうが焼とカキフライ定食」なんて手段に走る時もある。taishoken06久々に、ナポとジンジャーとカキフライの揃い踏みです(笑)。

「大正軒」はメニュー盛り沢山ゆえ、行列しながら迷いに迷っているひとも少なくないとご推察。
あんまりあれこれ載ったお皿は好みではないのだけれど、時には所謂”エビハン”「煮込みハンバーグとエビフライ定食」を所望したりする。taishoken07しっとりした食感のパテなので粗挽き好みとは路線が違うハンバーグ。
海老フライは、他の揚げ物あれこれ同様に菜種油の一種、キャノーラ油で揚げたもの。
「大正軒」独特の衣の食感は、油の違いによるところが大きいのかもしれません。

ちなみにカレーはどうでしょうと挑んでみたら、大皿に広がる赤い海。taishoken08おウチカレーかなぁと思っていた「メンチカレー」のカレーは、ハンバーグのソースを入れてしまったかのようなケチャップ&ドミグラス色の強いものでありました。

通路に面した硝子には創業当時のものと思われるセピア色の写真が表示されている。taishoken09庇に掲げた看板では、精肉の文字が”〇大”の文字を挟んでる。
「大正軒」は、大正三年に巣鴨に創業したのだそうです。

精肉店として創業した店の名は、洋食店のそれのような「大正軒」。taishoken10交通会館地階の人気店が生まれたのは、東京交通会館が落成した昭和38年のことだそう。
この地下街に半世紀もの間、昼に夜に気取らない洋食のお皿たちを提供しづつけてくれているのですね。

「大正軒」
千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館 B1F [Map] 03-3201-0147

column/03548

長崎料理「銀座吉宗」で茶碗蒸し蒸しずしの夫婦蒸しに練り芥子で皿うどん

yosso長崎料理というとやっぱり、卓袱料理。
そう云いたい気もちょっぴりするものの、本格的な卓袱料理の卓についた経験が未だない。
初めて長崎を訪れた時には、おひるに長崎中華街のお店でちゃんぽんをいただいた憶えがあるっきり。
勿論、いきなり料亭を訪れるなんてことは全くもって考えもしなかったし。
ふたたびご当地に赴いて、ちゃんぽんや皿うどんをいただきたいなぁと思いつつ、そのまま今に至ります。

ちゃんぽん・皿うどんで思いつくのは、最近お邪魔した室町の「二代目 長崎楼」とか、八丁堀は桜橋近くの「長崎菜館」。
三軒茶屋は茶沢通りの「來來來」なんかも懐かしく思い出します。

そんな、ちゃんぽん・皿うどんを供する店が銀座の真ん中近くにもあると聞いて足を向けました。
松坂屋が解体されてすっかりぽっかり空が広くなった中央通り沿いにラオックスの免税店があるなんて知らなくて吃驚しつつ辿り着いたのが、長崎センターなるビルの前。yosso01以前は、長崎県関係の行政機関、マスコミ、飲食店が集まっていたものの、今はそんな長崎色は随分と薄れてしまっているようです。

そんな、長崎センタービルにあって今も鋭意健闘中なのが長崎料理「銀座吉宗」。yosso02地階への螺旋階段を降りると、漆喰を模した壁が設えてあり、料理屋の風情をなんとか醸そうとしている様子。
茜色の暖簾を払って、引き戸の中へと侵攻しましょう。

壁沿いの小さなテーブルに案内されて、運んでくれた湯呑み茶碗を受け取って。yosso03真ん中の島は、桟敷席のような仕切りがあってちょと面白い。
湯呑み茶碗には、長崎ちっくに唐船のイラストが焼き込まれています。

ご注文は、当店名代の一品と謳う「夫婦蒸し」。
いきなりドンブリをふたつ並べると何やら、ちょー腹ペコか、そもそも大喰らいであるかの気分も過る(笑)。yosso04ドンブリの蓋には、湯呑みと同じ唐船の図柄が刻まれています。

両の蓋をパカリと返すと、急にテーブルの上が華やかになる。yosso05一方が茶碗蒸しで、もう一方が蒸しずしのドンブリ。
このふたつのドンブリのセットは、「吉宗」初代が考案したものであるらしい。

鮮やかに映る蒸しずしは、三色の彩り。yosso06錦糸玉子の黄色に海老おぼろの桜色。
褐色エリアは、刻んだ焼き穴子が占めています。
玉子もおぼろも仄かで自然な甘さであるところが好ましい。
軽い酢飯であるところも好感です。

たっぷりとした量感の茶碗蒸しには、桃色と若草色でのの字を巻いた蒲鉾が浮かぶ。yosso07銀杏や椎茸、かしわ、小海老など9種類の具を辿りつつ、しっかりとした出汁と細かな玉子の肌理を味わいます。
溢れる出汁に茶碗蒸しが、蒸しずしをいただく際のお椀代わりにもなっていたりする。
内裏と雛が並んでいるような、似合いの夫婦のような蒸し料理であるところから「夫婦蒸し」と名付けているようです。

裏を返したお昼には、真ん中の桟敷にレインブーツを脱いで上がり込む。yosso08ふと眺めた壁の額には、長崎絵。
壁側のテーブルでは、いい感じにお銚子を開けているスーツ姿の御仁。
もうお仕事済んだのでしょうか(笑)。

ご注文は「長崎皿うどん」。
揚げ麺ではなく、柔い方の麺でお願いします。yosso09炒めたやや太の麺の上に載るのは、ラードで炒め和えたあん。
例えば「二代目 長崎楼」のそれと比べると、ぬめぬめとテカったあんだ。

卓上に練り芥子の用意がないので、近くのお兄さんに声を掛けて、小皿に貰う。yosso10普通に美味しいけれど、どっちが好みかと訊かれたら「長崎楼」の皿うどんが好みであることに気づいたと応じることになる感じ。

卓上にあるのは、皿うどん用のソース。yosso11皿うどんは練り芥子や少々のお酢でいただくって習慣は「長崎楼」で培ったものだけど、長崎のご当地では定番ではないのでしょうか。

中央通りの長崎センタービルに長崎料理「銀座吉宗(よっそう)」がある。yosso12長崎市筑後町にある「吉宗総本店」の創業者は、伊予松山藩士だった吉田宗吉信武で、長崎で「茶碗蒸し」に出会い虜となり、慶応2年(1866年)に商いを興したことがはじまりだという。
「吉宗」の東京支店として開店し独立したのが今の「銀座吉宗」で、ご当地「吉宗」には「皿うどん」や「ちゃんぽん」は品書きにないようです。

「銀座吉宗」銀座店
中央区銀座8-9-16 長崎センタービルB1F [Map] 03-3572-7686
http://www.ginza-yossou.jp/

column/03537