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中華そば「丸デブ」総本店で中華そばわんたん連食並々と汁湛える小振り丼

まだ五月だというのに妙に暑いおひる時。
そふ云へば多治見が日本一暑い!なんてことが以前ニュースになっていたことがあったっけ。
そんなことをややボーっとし始めた脳裏に浮かべつつ、岐阜の街中にいました。
さて何処ぞでおひるいただこうかしらんと腕組みして、岐阜出身の友人へとメッセージを送る。
即答してくれた候補の中にちょっと珍妙な名前の店があったのです。

マルデブとな??
語感から重量力士が厨房に並んでいる様子を想像し、
そこから、巨漢の兄ちゃんがちゃんぽんの大鍋を搔き回していた、
嘗ての「日本橋長崎楼」を思い出したりしつつ、
髙島屋の向かい側へとやってきました。アーケードから横道を覗き込み、
立ち止まり見た店先に堂々と提げた暖簾には確かに、
マルで囲んだ「デブ」の文字。
それが丁寧にも登録商標であるらしいのだ。

ガラッと開いた引き戸の中に足を踏み入れる。
店内は七割の入りだ。奥の厨房の下がり壁には、
「中華そば」と「わんたん」それぞれ400円の札と、
六のつく日の定休日3日間を示す木札とが並んでいる。

潔くもふた品のみみたいだな、
大盛りとかないのかなと思っていると、
同じような疑問を抱いたであろう先客が、
ないのですよ~と諭すような答えを得てくれた。

お願いした「中華そば」が着丼して目を瞠る。
可愛らしい小振りなドンブリに並々とスープが張られ、
縮れのない麺が盛り上がるように盛られている。もしもドンブリ大きくしちゃったら、
見た目の魅力半減かもなぁと思いつつ、
醤油の酸味と甘みの利いた汁をたっぷり持ち上げる、
粉の風味が素朴にムニッと伝わる麺を啜り上げます。
ほーー。
スープに強い旨味を主張させる汁ではなく、
かん水をほとんど含まない麺を日本蕎麦の甘汁に浮かべたような、
そんな「中華そば」なのであります。

実際に少な目なのか、
ドンブリが小さい印象からくる錯覚も手伝うのか、
するするするりんとあっという間に「中華そば」が減ってゆく。
すると「わんたん」も食べられちゃうかもという思いが、
強烈に頭を擡げてきます(笑)。

「中華そば」を食べ終える前に註文んでいた、
「わんたん」のドンブリが卓上に届く。
ドンブリの大きさは勿論「中華そば」と同じだ。具は少々のまさに皮をいただくわんたん。
脂はすっかりスープに移したような歯触りの焼豚。
ちょっとドンブリを動かせば零れてしまう満載の汁。
なかなかどうして悪くない。

偶然にもその二か月後にも岐阜を訪れる機会あり。
ふたたびの炎天下、髙島屋の向かいへとやってきた。思わず「中華そば」と「わんたん」両方!と註文んでしまったけれど、
それはあんまりよろしくない…。
汗だくで熱々「わんたん」を啜っているうちに「中華そば」が届き、
その所為で「中華そば」の麺を少々伸ばす結果となってしまった。
あの麺の独特な食感は出来立てであってこそ。
しまったー(笑)。

岐阜は柳ケ瀬近く髙島屋向かいに、
中華そば「丸デブ」総本店はある。何故に「丸デブ」なのかこっそりホールのお兄さんに訊いてみた。
初代がなかなかふくよかな方で「デブ」。
それを縁起の良いといわれる丸で囲んだものを店の名としたという。
やはりというかそのまんまというか(笑)。
おデブさんのラーメン店主は少なからずいそうなことを考えると、
成る程、商標登録に手を打ったのは手堅い対策だったのですね。

「丸デブ」
岐阜市日ノ出町3-1 [Map] 058-262-9573

column/03732

餃子舗「龍門」で大鳥居の在り処と餃子に思う安堵きっと塩のタンメンがいい

何故かよく憶えているのは、石垣島でのダイビングへと羽田へ向かう道すがら。
池上線に岩石のような重さのホイールバックを引き連れて、蒲田駅の東口ロータリーに降りてゆく。
タクシーのトランクに担ぎ上げるようにバックを押し込んで、空港へと環八を往く。
その車窓に何気なく眼にした大鳥居の交叉点の光景。
何処にでもあるよなシーンを印象深く思ったのは、そふ云へばその大鳥居そのものは今何処にあるんだっけ?という疑問とセットになってのことなのかもしれません。

空港の駐車場らしき広場に立つ鳥居には、
映像で見覚えがある。
撤去ないしは移転させようとすると、
色々と良からぬトラブルが起きて頓挫した、
なんて話を聞いたこともある。
相応しいお祓いなどを施してか、
穴盛稲荷神社の大鳥居は今、
空港エリアとの間を流れる海老取川が多摩川河口へと流れ込む、
弁天橋の向こうに鎮座されているんだね。

そんな大鳥居の交叉点から平和島方向へ少々北上し、
川の跡ではないかと思うような折れ曲がる横道へ入った処。イレブンフーズの「源流」もこの辺りだったはずと思いつつ、
餃子舗「龍門」の前に佇みました。

カウンターの面板は正しき紅きメラミンのもの。親子かとお見受けする女将さんと大将がその奥に。
餃子を包んでいるようです。

カウンターの大将には特段の笑顔はない。
一気に満席に近くなったところでやってきたお姐さんには、
もうちょっと出来ないな、とにべもない。
待っているのでと抗っても、
出来ない出来ないと追い返す。
長年培った業務の流れやキャパからの判断なのか、
待たすこと待たれることを忌むからなのか。
成る程な理由があるとすれば正しいし、
ただ他に云い様もあるような気もする。

「龍門」の「餃子」はまるで、
甲羅を背負ったようにも見える独特のフォルム。揚げ焼いた部分の芳ばしさをやおら口に含めば、
キャベツなぞの野菜の甘さを思う具がしゅっと弾ける。
超絶に旨い、ってのとは方向の違う、
安堵しつつウンウン頷くような美味しさなのだ。

お願いしていた「炒麺ヤキソバ」が、
紅いカウンターに湯気を立てて届く。ラードのようなコーティングが、
甘美な顔を時折齎してくる。

麒麟と餃子とを註文して暫し。
予約註文の電話がテンポよく入る。
電話の餃子の数と店での註文の数とを重ねて数える。
ポリタンクから入れる醤油。
味をみる小皿。
麺はほとんど湯切りをしない。酢に胡椒でという食べ方をすることが最近増えた。
醤油やラー油に不満がある訳ではないのだけれど、
「龍門」の餃子にはよく似合うと思うのだ。

そして「龍門」には三種類の「タンメン」がある。
「湯麺(タンメン)」「味噌タンメン」「醤油タンメン」と、
そう品書きにあるので、
「湯麺」がスタンダードな塩味のタンメンなのでしょう。思い悩んでぐるっと一周して「醤油タンメン」をご註文。
しまった、タンメンならやっぱり塩だったと少し後悔。
今度は必ず「湯麺」をお願いすることとします。

大鳥居駅近くの住宅街に餃子舗「龍門」はある。塩味の「湯麺」をいただいた後には、
弁天橋の袂まで足を伸ばして、
大鳥居に臨む羽田の夕景を拝んでみよう。

「龍門」
大田区西糀谷3-35-3 [Map] 03-3742-8859

column/03731

蕎麦處「大坂屋 砂場 本店」で高層ビルと登録有形文化財老舗の安定感を思う蕎麦

それなりに年嵩を積んでから砂場と聞けば、幼稚園や公園に敷設のそれではなく、即座に蕎麦屋と応える。
そう、それがオトナの嗜みというものであります(笑)。
秀吉の大阪城築城の際に工事用の資材置き場、砂置き場としていた場所周辺に開業した二軒の蕎麦店が所在の俗称から「砂場」と呼ばれ、それが蕎麦店の代名詞となっていった、というのが「砂場」発祥の通説とされる。
そんな「砂場」の何軒かは知っていても、訪れる機会はそう多くない。
はてさて、そんな「砂場」を冠する蕎麦屋はいま、東京に何軒あるのかしらんなどと考えつつ、外堀通りを背にして琴平町方向へと歩きます。

分厚い板木で設えた銘板の前に佇めば、
その向こうに虎ノ門ヒルズの威容を望む。和装の軒先と楓の葉と無機質な超高層ビルとのコントラストに、
ほんの少し眉を顰めます。

旧大名家から譲り受けたといわれる、
「虎ノ門大坂屋砂場」が佇む角地は、
今も一等地であることに変わりはない。これまた高いビルに背後から攻め立てられているようでいて、
決してビルになぞしないという決意の表出のようにも映ります。

暖簾の右手には手水鉢。柄杓に手を清めてから暖簾を払うのもよいかもしれませぬ(笑)。

案内される儘、向かって右手の一席へ。酒の肴の件の中で何故だか「焼き鳥」が目に留まり、
「〆張鶴 純」を冷や(常温)で。

一本だけお銚子をやっつけて、
手繰るお蕎麦の到着を待つひと時がいい。届いた「芝海老のかき揚げせいろ」の、
掻き揚げのフォルムに一瞬だけ目を瞠り、
揚げ立ての芝海老の薫りを軽妙な歯触りの中に愉しみます。
求道系蕎麦とはまた違う端正にして安定感を思う蕎麦。
出汁の旨味風味をしっかり湛えた、
甘さ辛さの加減も絶妙のつゆだ。

それから間もなく、
すっかりお腹を空かせてお邪魔した昼下がり。
大葉にアスパラ、茗荷に空豆の天ぷらなぞの載った、
「夏野菜天そば」をつるんと平らげる。腹ペコの勢いのまま註文してしまった「親子丼」も、
厨房に丁寧にして熟練の手があることを明瞭に窺わせてくれます。

陽の落ちる頃に再び、
かつて琴平町と呼ばれた辺りを眺め遣る。格子戸の内側から振り返って、
大坂屋と染め抜いた暖簾の隅を目に留める。
歴代何垂れ目の暖簾なのかなぁなんて考えたりいたします(笑)。

定番「沢の井」をぬる燗でいただいて、
「いかうに和え」あたりをあてに和む。老舗蕎麦屋で呑るのはやはり、
乙にして贅沢な時間でありますね。

「桜切り」は疾うに売り切れていて、
然らばと「生姜切り」。なはは、生姜の風味がきりっとした輪郭で迫る蕎麦。
いいね、美味しいね。

わざわざそのために拵えたのではない蕎麦湯が、
塩梅のいい辛汁と相俟って、老舗の店の地力を魅せる。何処の「砂場」もこの丸に砂を印した湯桶なのでしょか。

1872年(明治5年)、
暖簾分けにより「琴平町砂場」として生まれた、
虎ノ門「大坂屋 砂場」。1923年(大正12年)建築来、
何度かの改修を経て今もそこにある、
「大坂屋 砂場」の建物は、
登録有形文化財(建造物)の指定を受けている。
また、暮れ泥む空の下の夕方辺りに、
訪れる機会のあらんことをと思います。

「大坂屋 砂場 本店」
港区虎ノ門1-10-6 [Map] 03-3501-9661

column/03730

レストラン「キッチン カントリー」でハンガリー料理の息吹自由が丘デパートに

自由が丘って、いつから自由が丘なのだろうかとふと思って、Web上にある情報を拾い読んでみる。
wikiによると、1927年(昭和2年)に東京横浜電鉄東横線(現在の東急東横線)が開通して九品仏前駅が設置され、同年に自由ヶ丘学園が開校する。
1929年(昭和4年)に目黒蒲田電鉄二子玉川線(現在の東急大井町線)開通により九品仏の門前に駅が開設されることになり、この新駅が九品仏駅を名乗ることになったことから九品仏前駅は「自由ヶ丘駅」と改称された。
自由ヶ丘学園の名称は駅名として取り入れられるだけでなく当地の通称としても定着し、1932年(昭和7年)には駅周辺の地名を統廃合して自由ヶ丘を新設、東京市域拡張時に東京市目黒区自由ヶ丘となった。
1965年(昭和40年)の住居表示施行時には「自由が丘」となり、その翌年には、駅名も「自由が丘駅」に改称された、とある。

元々は「九品仏前駅」だった「自由が丘駅」の正面口。改修されたロータリーに面して今も佇むは、
自由が丘のランドマーク「自由が丘デパート」だ。

1953(昭和28)年開業という自由が丘デパートは、
ご多分に漏れず階高が低くて、天井が近い。踏み面が短くて上り下りし難いのも味な階段を
えっちらと3階まで上がればそこにあるのが、
ハンガリーレストラン「キッチン カントリー」だ。

お隣のジュエルショップ一誠堂を見下ろす窓際のテーブルにて、
メニューに見付けたウォッカサワーでアペリティフ。カシス割りのグラスはまるでジュースのようで、
ウォッカがじわじわ効いてくる一杯であります(笑)。

訪ねたことはないけれど、
ハンガリーと云えばやっぱりここからと「グヤーシュスープ」。紛うことなきパプリカ色のスープ。
ハンガリーのグヤーシュが伝播して、
ザルツブルクなぞでいただいた「グーラッシュ」になったと聞く。
割と濃密なシチューであるという印象のグーラッシュに対して、
いただいたグヤーシュはバシャバシャのスープ。
どこでどう変化していったのか、
似て非なるところが面白いでありますね。

ぐるぐる選び悩んたメインには、
「グリルチキン カントリー風」。揚げ焼き気味の皮目のジューシーな身肉もいい。
「ハンガリー風チキンパプリカ」に対して、
一転しっかり濃密なデミソースを纏わせた辺りが、
“カントリー風”なのかもしれません。

日を改めてお邪魔したひ昼下りにはビールな気分。選んだのはハンガリーのお隣、
クロアチアのラガー「PAN」。
なんとなく地中海のニュアンスを思うのは気のせいでせうか(笑)。

硝子越しに臨むは西日を浴び始めた東急ビル。渋谷方面ホームに停まる電車の姿もまた眺められる。
それを目当てにテッチャンが此処を訪れるという噂は、
今のところ聞こえてきませんけれど(笑)。

なにかスープをとメニューを眺め直して目に留まったのが、
「冷製サクランボスープ」。冷たいスープ専用と思しきうすはり的グラスには、
氷水に差した葉の緑が瑞々しい。
サワークリームの恩恵か、
サクランボの甘さや酸味をそのまま倍加させたようなスープが美味しい。
夏の日にもすっと和ませてくれよなスープであります。

やっぱりパプリカづかいの料理を何かと、
「ハンガリーパプリカライス」をご註文。日本の食卓ではまだまだ、
定番の材料にはなり切ってはいないと思うパプリカも、
彼の地ではきっと欠かせない食材なのだろうなと思いつつ、
あっという間に平らげてしまうのでありました(笑)。

自由が丘のランドマーク自由が丘デパートに、
ハンガリーレストラン「キッチン カントリー」がある。ハンガリー料理のレストランは都内に何軒もはきっとない。
そう考えるともっと通っておけばよかったなと、
離れてしまってからそう思う。
準備組合が設立され再開発の機運蠢くという自由が丘駅前にあって、
ランドマーク「自由が丘デパート」は、
いつまでその佇まいを留めていてくれるのでしょうか。

「キッチン カントリー」
目黒区自由が丘1-28-8 自由が丘デパート3F [Map] 03-3717-4790
http://www.restaurant-country.co.jp/

column/03729

和食「松うら」で一品勝負の天丼の湯気と六月の晦日の夏越ごはん

市場通りと鍛冶橋通りが交叉する八丁堀駅前交差点。
交差点の北東側の角に建つ「WISE OWL HOSTEL」の一角には、昼に夜にお世話になっている「フクロウ」がある。
同じ区画には夙に知られたスタンドバー「maru」や大食漢たちのオアシス「八丁堀食堂」がある。
町の中華「十八番」の方へと折れ入った処には、イタリアワイン呑まぬひとお断りのワインバー「metameta」がひっそりとある。

その先の「串八珍」の脇から、
「フクロウ」の横手へと抜けて行く裏道がある。
春先のある日。
移転した居酒屋「海」の前を通り過ぎた処で、
散り掛けの花を咲かせた梅の枝振りに目を留めました。当の梅の木の前に立つとその奥の行燈に灯りが点ってる。
此処は確か、以前「日比」という居酒屋ではなかったでしょか。

店先のA看板にあったように、
此方のランチは基本的に一品勝負。
カウンターから厨房の様子をぼんやりと眺めて暫し。
「天丼」が湯気を上げてやってきました。単純に海老の二尾いる光景が嬉しい(笑)。
それに茗荷の天ぷらもまた想定外の嬉しさ。
濃くて黒いヤツなんかでない、
ほんのり甘めのツユにさっと潜らせた塩梅も悪くない。

季節は移ろって空梅雨の頃。
稲庭うどんのお誘いに乗ってカウンターに就く。
するとたった3食限定にて「夏越ごはん」もあると云う。夏越と書いて、なごしと読む。
卓上に小さな冊子があってそれによると、
「夏越の祓い」とは、
一年の前半の最終日にあたる六月の晦日に行われるお祓いの神事。
神社で「茅の輪くぐり」を行うのは、
一年の前半の罪や穢れを払い、
残りの半年間の無病息災を祈るもの。
半年の区切りに行うものだとは、
恥ずかしながら知らんかったであります(汗)。

然らばということでお願いした「夏越ごはん」。
茅の輪の由来からくる粟や豆を用いるのが基本線のようですが、
ざっくり云えば夏野菜の掻き揚げ丼。夏野菜をたっぷり摂って、
夏を乗り切る準備をしようねと囁いてくれていると思えば、
それもまた有難いことではありませんか。

八丁堀駅前交差点近くの裏道に和食「松うら」はある。旬のお造りの盛り合わせから尼鯛一潮焼き、帆立香り揚げ、
蓮根餅揚げ出しに自家しゅうまい煮、ばち子等々。
或る日の夜の品書きにはそんな気取りのない酒肴の件が並ぶ。
気の置けない気分でふらっと、
宵の口にも寄ってみたいなと思います。

「松うら」
中央区八丁堀3-23-9 カネコビル1F [Map] 03-5543-6268

column/03728