手打ち地粉「小平ふるさと村」で小平糧うどんまっこと麗しき武蔵野うどん

kodairakateふたたび小平駅を南口に降りる。
実は前回は、青梅街道沿いの店を目指して、西武線と並行して走る緑道を歩いていました。
薄曇りの空の下、散り始めた桜の花弁が舞い散る散策路はなかなか魅力的。
その途中で偶然見つけた暖簾が、目指していたのと同じ「指田屋」の藍の暖簾だったのでありました。

そこで女将さんからお聞きしたのが、この先に「小平ふるさと村」というものがあり、そちらでは武蔵野手打ちうどん保存普及会会長にして“うどん博士”として知られた加藤有次さんが監修したうどん処があるよということ。
「小平ふるさと村」は、小平駅と花小金井駅のちょうど中間辺り、緑道が新小金井街道を越えて青梅街道との交叉点近くにありました。

入口の前に佇むと郵便局のプレートを掲げた赤いトタン屋根の家屋が迎えてくれる。kodairakate01生垣の手前には、朱色で丸い懐かしき郵便ポストがずっとそこにあるかのように立っています。

敷地の中をゆっくりと散策すると、水車小屋のある光景に出逢う。kodairakate02水車だもの、その内部には当然麦などの穀粉を作る造りになっています。

くるっとひと回りして、入口近くに戻ってきて改めて「小平糧うどん」の案内を拝み見る。kodairakate03kodairakate04植栽の間から覗く家屋は藁葺き屋根で、軒下に縁台が置かれていました。

風除けの日除けのためと思われる、綺麗に四角く刈り込まれた木立の向こうには、長閑なそしてどっしりとした家屋が顔を出す。kodairakate05説明書きによると、回田町にあった神山家というお屋敷で、平成3年にこの地に復元されたもの。
元々は小金井に建てられた建物が回田町に移築され、解体保存された後、ふたたび息吹を得たものらしい。
小平の新田開拓農家としての、江戸中期から後期にかけての住まいの特長をよく留めているという。

さてさて、鳴り始めたお腹を抑えつつ向き合うのは(笑)、母屋の脇に立つ小屋の前。kodairakate06こちらで「小平糧うどん」の注文をするんだ。
大盛りがなく、ひとつ500円の糧うどんはきっとたっぷり盛りではないと推測して、ふたつ下さいとお願いします。
50食限定なのに御免なさい(笑)。

家屋の土間に足を踏み入れると、大中ふたつの竈が並んでいたりする。kodairakate07ここでうどんを湯掻いてくれたりしたら最高なのだけど、やっぱりまぁ、そうはいきませんよね。

板の間がそのまま客間になっていて、空席を探す程に座卓のほとんどが埋まってる。kodairakate08kodairakate10囲炉裏を臨む奥のテーブルに空きがありました。

注文を受けてからうどんを湯掻き始めるのでしょう。
のんびり待ったところへ親爺さんがうどんの笊を運んできてくれました。kodairakate11「たつみや」の”はじッ娘”を思い出しつつ、うどん生地の切れ端を見つめます。

まっこと麗しき武蔵野うどんの雄姿。kodairakate12湯掻き立て〆立てのつるんとしたフォルムに地粉の色合いが穏やかに主張しています。

つけ汁は肉汁ではなくて、細切りの茄子と油揚げのシンプルなもの。kodairakate13kodairakate14添えられた小皿が、このうどんのもうひとつのポイント。
武蔵野うどんエリアで”糧”と呼ぶのが、湯掻いた菠薐草や大根他の根菜などで、ささやかだけれど貴重な栄養源として食されてきたものなのだ。

肉汁に比べればつけ汁のノリは優しい仕立てであるものの、うどんの仕立ては得心なもの。kodairakate15親爺さんに訊けば勿論、農林61号の粉を使っているそうで、またひとつ武蔵野うどんの基準となるべきうどんに出逢うことが出来ました。

素敵な散策路、狭山・境緑道沿いの「小平むさしの村」には、
まっこと麗しき武蔵野うどんをいただける農家屋敷がある。kodairakate16出来ればもっと早く、”うどん博士”がいらっしゃる頃にお邪魔したかったです。
きっと色々なお話が聞けたんじゃないかと思うんだ。

「小平ふるさと村」
小平市天神町3-9-1 [Map] 042-345-8155
http://kodaira-furusatomura.jp/

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