割烹「やました」で 高瀬川一之船入艶やか硝子地炉利生姜の氷菓

yamashita.jpg紅葉のシーズンにはまだ早い、 麗らかな初夏のようなさらっとした空気と陽射し。 心地よい気分で散策したのは、高瀬川沿い。 木屋町通りからふと姉小路通りに折れ入って、 河原町通りで御池通りを遣り過ごす。 ホテルオークラの処で右に曲がるとそこは、 押小路通りと呼ばれる、まさに小路。 旅館や京料理屋の佇まいに沿って歩きます。

ふたたび高瀬川に戻った処が押小路橋。yamashita01.jpg見下ろす川面は、水量少ないながらも澄んでいる。 ふとその先に視線を送ると、 なにやら米俵をきちんと積んだ木船が浮かんでいます。

廻り込んで読んだ、 「高瀬川一之船入」と題する川辺の案内標には、こうある。yamashita02.jpgこの立札の後方の入江を一之船入(いちのふないり)という。 船入とは、荷物の積み下ろしや船の方向転換を行う場所で、 二条から九条の間に九箇所作られたが、 国の史跡に指定されているこの場所を除いて、すべて埋め立てられている。 高瀬川は、保津峡の開発などで有名な江戸初期の豪商・角倉了以・素庵父子が、 慶長十九年(1614年)頃に開いた物流用の運河で、 この辺りを起点として鴨川の水をとり入れ、鴨川に平行して東九条まで南下し、 鴨川を横断して伏見に通じていた。 水深の浅いことから、底が平らな高瀬舟という船が使われ、ここから川の名が付けられた。

成る程、「高瀬川」の名の由来はそんなところにあったのかと、 さも得心したかのように腕を組む(笑)。 その頃の様子を再現するように、繋留してある船だったのですね。

その立札からくるりと真後ろに振り向けば、 そこがこの日のおひるの目的地。yamashita03.jpg割烹「やました」が明るい陽射しに照らされています。

カウンターの中程に通されて、 見据える正面には、壁一面の食器棚。yamashita04.jpg成る程、上向きに跳ね上げるように開く扉なら、 比較的邪魔にならずに済むよねなんて考えます。

冷酒を所望すると、なんとも艶やかなグラスと硝子の地炉利。yamashita05.jpgお酒は、京都にあって、青森の「田酒山廃」であります。

先付けに煮付けた床伏に卵の黄身の味噌漬け。yamashita16.jpg鼈甲の珠のような玉子に味噌の風味が滲みて、愉しからずや。

花を生込みするかのように盛り込まれたお造り。yamashita06.jpgエッジの立った身は、鯛に烏賊、鮪(こしび)のもの。 烏賊に施した包丁がいいよね。

次のお皿には、合鴨ロースがたっぷりと。yamashita07.jpgうんうん、しっとりと凝集した旨味と香り。 素朴に美味しゅうございます。

焼物は、真魚鰹の西京焼き。yamashita08.jpg甘く綻ぶ身が嬉しくも、ひと口でいけてしまいそう(笑)。

炊き合わせた煮物の中心は、蛸。yamashita09.jpgいただきながら、団栗橋「蛸長」の蛸のおでんを思い出していました。すいません。

そんな頃大将が、水槽でゆらゆら泳いでいた鱧の骨切りを。yamashita12.jpgyamashita10.jpg眺め見ているうちに、天麩羅を食べ終わっていました(汗)。

細やかなもずくをいただいてから、御飯、味噌汁に香の物。yamashita13.jpgyamashita14.jpgデザートは、生姜の風味が愉しいシャーベット。 口腔がさらとしてこれはいいかも。

高瀬川一之船入のその前に割烹「やました」。yamashita15.jpgお昼の献立ということもあってか、 めくるめく喜びはなかったなぁというのが正直な感想です。 鯖寿司に後ろ髪を引かれつつ、 夜の部はどうなのかなぁとか、鱧の夏はどうなのかなぁとか考えつつ、 背中で扉を閉じるのでありました。

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「やました」 京都市中京区木屋町通二条下ル上樵木町491-3 [Map] 075-256-4506
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